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2021-05

母の小包

年の瀬迫る午後、小包が届いた。差出人は母。
今年の年末は実家に帰れないから、心配したのかもしれない。
おせちなんてまだ送れないだろうし、一体何だろうと包みを開けると…。

ハムの詰め合わせ



札幌ラーメン10食セット。

確かに東京のラーメンはまずいと愚痴はこぼしたけどさぁ。
僕は一人で暮らしているのですよ、母さん…。



母は、僕がFTMであるということを知っています。
僕が二十歳の時にカミングアウトしました。

僕はなんとなく母は僕のことを気づいているのだと思っていました。
子供の頃からとにかくボーイシュだったし
好むものも、所謂一般の女の子とは違ったし
母は少し心の準備が出来てるんじゃないかって思っていました。
でも性同一性障害という言葉を伝えた時、母は泣いてしまったのです。

僕は子供の頃から母親が大好きで、
多感な時期には衝突したことも少しはありましたが、
基本的に何でも話せて、尚且つ母の考え方には多大な影響を受けました。
子供の頃、神経質でウジウジとした精神を持っていた僕にはいつも
「やることやったんならなるようにしかなんないよ」と言っていて、
この「なるようにしかなんない」っていう言葉が結構僕の心を救ってくれました。
母はウジウジしてる僕を見ていつもけらけら笑っていました。「また思いつめてるの?」って。
基本的に母は明るく、楽観的なのです。

だけどそんな母も、僕の告白を聞いて泣いてしまったのです。
母は一週間ほど無口になって、元気が無くて。
それから徐々に元の調子を取り戻していきました。
もちろん全てに折り合いをつけたわけでは無いだろうけど、
少し落ち着いた後僕に
「母さんは兄弟仲良くしてくれて、二人が元気だったら何にも要らない。
あなたの遺伝子が途切れてしまうのは残念だけど、まぁそれはそれ。
ただ、あなたにもいいパートナーが見つかるといいね。」とだけいいました。
言葉はカラッと乾いているけど、色んな葛藤を経ての重い言葉なんだと思いました。
そしてその根底には「人生なるようにしかならない」っていう
ある意味楽観的で、ドライな人生観が横たわっているような気がしました。
がんばってもだめなものはだめ。
世の中にはそんなこともあるんだから。
自分の大切にしてるものを見失わず、信念に従って生きていけばいいさっていうような。



さて、そんな思い出に浸りながらも僕は恐る恐る、
先のラーメン10食セットの賞味期限を確認しました。
1月11日と印字されています。
思わず「母さん…」とその場でつぶやきました。
これから毎日ラーメン食わなきゃなんないよ。
そしてどうするよ、このハム。お歳暮かよ…。

まぁ、僕のDNAの半分は彼女のものだし、
きっと似た所もあるのかもしれないし
何より気持ちが嬉しいし、
多分贈り物への気持ちが溢れてしまったんだね…
とそんな感じで理解しました。

誰かラーメン食べたい方お分けします。
本当に!おすそ分けします!あとハムも!

たけおさんぐみさん出番ですよー!

たけおさんとぐみさんに初めて会ったときのことは良く覚えています。

なぜって僕は初対面でとても失礼なことを言ってしまったから。

僕が紡ぐの会にはじめて参加したのは、2013年の紡ぐの忘年会で、
自分以外のFTMの方々と初めて出会ったこともあって少し緊張していたのかもしれない。

近くに来たたけおさんとぐみさんに僕は

「結婚してるんですか?」

と聞いた。
多分ふたりに対しての第一声だったと思う。
それを言いながら、普段から思ったことをそのまま話してしまう僕は
「またやってしまった!」ととにかく頭の中で大慌てで、
どういう返答をしてもらったか未だに思い出せない。

男女のカップルに対してだとしても、不躾な質問なのに
あろうことかセクシャルマイノリティの方々が集まる場での発言としては
あまりに不用意で、礼を欠く発言だった。


さて、そこで今回の紡ぐラヂオです。
「たけおとぐみが語る結婚」というテーマでお送りします。
二人のおうちから二人だけで収録しました。

今回二人で収録したのは本当にたまたまというか、狙ってそうしたわけではないのです。
みんなが集まれる日にちが無くで、
でもどうしても二人が参加してほしかったのでやむなくという感じだったのです。
でもそれが功を奏しました。

音源を聞いて僕はとにかく癒されました。二人の空気が優しさに満ちていたから。
お互いのことをいたわりあっていることがにじみ出てきます。
そういう優しい空気が流れる良い回になったなぁって思いました。

そして、苦楽をともにした同志のような強い絆を垣間見ることが出来ます。
そこで僕は、初めて二人に出会った時のことを思い出して、はっとしました。
だから俺、あんなこと言ったんだ!と。

あの時から二人を取り巻く空気は優しく穏やかで、
すこしピリッとしたせつなさを孕んだいたわりで出来ていたのです。
それを夫婦感と呼ばずなんと呼ぶのか…。

お話の内容ももちろんですが、
是非たけおさんとぐみさんの空気感に浸って今回のラヂオを聞いてみてください。

あんどう

親友の結婚

その日僕は早朝からの仕事を終え、午前中の飛行機で東京に帰るところだった。
北海道での仕事。僕の故郷。
予定よりも早めに終わり、搭乗口通過時間まで1時間弱あると逆算したのち
親友に「今から空港でお茶しよう!」とメッセージを送った。
「いいよー何時?」というシンプルな返事が返ってきて、僕はニヤリとした。

親友であるMは空港の近くの町で娘と二人で暮らしている。
若い時に結婚して、若い時に子供を産んで若い時に離婚した。
その子は来年には中学生になる。

不思議なもので、Mと連絡を取る時はピンポイントで予定が空いていたり、
電話で会話する際、お互いその時の悩みが
そのまま自分にシンクロするなんてことはしょっちゅうで。
だからその日、たまにしか北海道に帰ってこない僕が、
突然その日にお茶に誘って、たまたま時間が開いたMと会えることになっても、驚かなかった。

「結婚しようと思う」

と彼女が話し始めたとき僕はスパゲッティを頬張っていて
口の中をもぐつかせながら「おめでとう」と祝福した。
交際している人がいることは知っていたし、
それがごく最近のことだったのでそれもたっぷりと祝福して
結婚に至るまでの経緯と婚約者の人となりを聞きながら僕はスパゲッティを食べ終えた。
すると急にMの10年を思い出して、
もちろん僕の知る範囲の10年を思い出して、たまらない気持ちになった。
腹を満たしたとたんに感情がついてくるなんて
本当に現金でバカなやつだと自分にあきれながら。

赤ん坊の娘を抱いて「すぐ離婚しちゃったけど、
私はこの子と出会えたから幸せ」だと言ったこととか、
Mの身長に迫る勢いでどんどん大きくなる娘が自家中毒にかかり、
どうしたら良いのか悩んでたこととか。
叶わない恋に身を焦がしていたこととか。

同情ではない。僕はきちんと境界線を引いている。
君は君で、僕は僕。誰の人生だって裁けない。
ただそんなことを思い出して、たまらない気持になった。
うまく言葉で表せないけど、とてもたまらない気持になった。

僕はうらやましい。
結婚することがじゃなくて、人生を共に生きようと覚悟を決めた相手と出会ったことが。
そしてやっぱり、親友にそういう人が現れたことが嬉しかった。

今度北海道に帰ったときに、きちんと新しい家族を紹介してもらおう。
その日が今からとても楽しみだ。

今だに思い出す恋の話

さぁ、街は色づいてすっかり秋めいてきましたね。
そんな秋空に浮かぶ言葉を紡いで
詩の一編でも作ろうかしら…。
ええ、僕は元来ロマンチストなのです。

さて唐突ですが、
20歳の時、僕はすごく好きな人が出来ました。
相手も僕のことをすごく好きになりました。

出会いは、アルバイト先でした。
僕は男性としてアルバイトしていたので
最初その人は僕を男性だと思っていました。
1年くらい同僚として接していて、
その後転がる石のように2人は恋に落ちていきました。

趣味も似ていて、感覚がすごく近く、
とにかくフィットする感じで、
僕がFTMだと告げた時もそれなりに驚いていたけれども
「だから何?」と言わんばかりで
「離れるという選択肢など存在しない」という感じでした。
頼もしい人でした。
そして炎みたいに情熱的な人。
だってその時その人35歳ですから。
普通立ち止まりますよ、どんなに好きでも。

熱血馬鹿の僕と同じくらいの熱血漢でした。

2年付き合いました。
本当にいろんな要因があったけれど、
簡単に言うと僕に好きな人が出来てしまって別れました。
なんじゃそりゃ。
言葉にするとあっけなく、安っぽい話だわ。

ただひとつだけ今の僕にヒントがあるとしたら
「離れるという選択肢など存在しない」というあの感覚。
あの感覚は確かに存在したし、
あれは熱に浮かされて感じたものじゃない。
あの感覚は大事に覚えていようと思っています。

「この人と離れる選択肢など存在しない」と思える相手と出会ったら
今度こそプロポーズをしよう。
あの時は本当に若すぎて、それが出来なかったし、
彼女にとってみれば
そんなに暢気に待っていられなかったんでしょうね。
すごくフィットする相手なのに
全然タイミングが合わなかったんですね。

今だに時々思い出す恋の話でした。

ということで紡ぐでは僕のお嫁さんを募集しております!
紡ぐの問い合わせフォームおよび
僕のツイッターなどで気軽に声をかけてくださいね!
本当に気軽に!!

おっと鼻息が荒くなってしまった。
…こほん。僕は元来ロマンチストなのですよ。

それではまた!

あんどう

困難な時期にある友達たちに

「困難な時期にある友達たちに」

この暗い時期にも、
いとしい友よ、私のことばをいれよ。
人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、
私はけっして人生をののしるまい。

日の輝きと暴風雨とは
同じ空の違った表情に過ぎない。
運命は、甘いものにせよ、にがいものにせよ、
好ましい糧として役立てよう。

魂は、曲がりくねった小道を行く。
魂の言葉を読むことを学びたまえ!
きょう、魂にとって苦悩であったものを、
あすはもう魂は恵みとしてたたえる。

未熟なものだけが死ぬ。
他のものには神性が教えようとする。
低いものからも、高いものからも、
魂のこもった心を養うために。

あの最後の段階に達して初めて、
私たちは自己に安らいを与えることができる。
その境に至って、父に呼ばれつつ
早くも天を見ることができる。

H・ヘッセ


丁度中学生くらいの時に
ヘルマンヘッセという小説家が好きで良く作品を読んでいました。
その中でとても大事にしている詩があって、
それがこの「困難な時期にある友達たちに」という詩です。
当時僕はこの詩をノートに書き写して、何度も読み返しました。

とてもつらい日々が続いて、呼吸するだけでもヒリヒリと胸が痛んで、
何で生きているのかも良くわからないけど
とにかく「今もがいていることが無駄なことではない」って思えることが
あの頃の自分にとって何よりも大事でした。

「魂のこもった心を養うために」僕は今苦しいし、
それを糧にして食べつくしているんだって思うと救われた気持になりました。

久しぶりにこの詩を読み返しましたが、美しくて高潔な詩ですね。
時間を経て読むと、また違う味わいがありますが、
やっぱりあの頃を思い出して切ない気持になります。

ヘッセまた読み返そうかな~。

お勧めの小説、詩歌あったら教えてください!!

あんどう

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プロフィール

あんどう

Author:あんどう
未治療FTM・FTXと、そのパートナー、ご家族、友人などのコミュニティ【紡ぐ】のスタッフとして活動しています。
主に『紡ぐラヂオ』の制作を担当しています。

北海道出身、未治療FTMの32歳。音楽と写真を撮ることが好きです。
みなさまどうぞよろしくお願いいたします。

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